岩元文庫

概要

鹿児島大学附属図書館は、複数の優れた特殊文庫を所蔵しているが、岩元文庫もその一つである。岩元文庫は、旧制第一高等学校(現在の東京大学)教授岩元禎(1869-1941)の蔵書に基づく。昭和16年、岩元禎氏の逝去後、蔵書は鹿児島県の所蔵となったが、昭和30年7月、鹿児島大学と鹿児島県立大学統合に際して、鹿児島県より鹿児島大学に寄贈された。岩元禎氏は、明治2年5月3日鹿児島県士族岩元基の長男として生まれ、鹿児島高等中学造士館予科、第一高等中学校を経て、明治27年帝国大学文科大学哲学科を卒業、明治32年より第一高等学校のドイツ語教員、明治36年同教授となった。夏目漱石『三四郎』中の広田先生のモデルとされている。岩元文庫については、鹿児島大学附属図書館によって、昭和32年に洋書の部、次いで漢籍の部の目録が謄写版で刊行され、昭和43年に両者を併せた活字版目録が刊行された。西洋哲学の専門家でありながら、中国の古典籍に興味を感じ、収集に努めた成果である岩元文庫の漢籍は、明治以降の個人収集の漢籍蔵書のなかでも出色のものである。今回、現在の日本を代表する中国書誌学の研究者によって、岩元文庫の特色を説いた文章が書かれたことは、文庫を所蔵する鹿児島大学にとっても、たいへん喜ばしいことである。

以下、今回、岩元文庫の紹介の労を取られたれた二先生についてご紹介する。

井上進先生は、京都大学文学部東洋史のご出身で、同大学院、三重大学助教授を経て、現在、名古屋大学文学部教授。専門は、明清の学術思想史及び宋代から清朝までの中国出版文化史である。中国出版文化史に関しては、『中国出版文化史』(名古屋大学出版会、2002年)、『書林の眺望 伝統中国の書物世界』(平凡社、2006年)と、既に著書を2点刊行されている。広い視野と該博な知識を有する先生であるが、特に明代の漢籍については、日本で一番多く実地調査をされていると伺っている。今回、ご執筆いただいた文章中にも、明代の漢籍に関する知見が縦横に組み込まれ読み応えのあるものとなっている。

高橋智先生は、慶應義塾大学文学部中国文学のご出身で、同大学院を経て、現在、慶應義塾大学附属研究所斯道文庫主事、准教授を務められ、専門は、中国目録学、漢籍書誌学である。斯道文庫は、昭和13年12月に株式会社麻生商店(現麻生セメント)社長麻生太賀吉氏によって設立された財団法人斯道文庫(福岡市)を前身とし、昭和33年、文庫蔵書約7万冊が、麻生氏によって慶應義塾に寄贈され、改めて慶應義塾の附属施設として、「日本及び東洋の古典に関する資料の蒐集保管並びにその調査研究を行うこと」を目的として出発した研究所である。したがって、高橋先生は、斯道文庫に所属することで、一貫して漢籍の整理研究に従事されてきた訳である。その中国古典籍に関する情熱と知識は、東方書店の雑誌『東方』に現在連載中の「書物の生涯-続書誌学のすすめ」に遺憾なく披瀝されている。今回、わざわざご執筆いただいた文章中にも、氏の書物への愛情があふれている。

二先生の文章を得て、岩元文庫の蔵書のすばらしさがより多くの人に理解されることを願ってやまない。

(法文学部教授 高津 孝)